宮本輝 『血脈の火』

 家の前に堂島川が流れ、船津橋が架かり、それは、端建蔵橋の下をくぐってきた土佐堀川と合流して、安治川と名を変える。その安治川に面した北側に大阪中央卸売市場があるので、近辺には、昆布や鰹節などの海産物を扱う業者が多く、ビルは、それらの海産物店の品物を収容する倉庫にうってつけだったのである。
安治川の下流は大阪湾へ注ぎ、堂島川と土佐堀川の上流は、中之島の東端で合流して、北へ曲がり、本流の淀川につながっている。
 家の裏側から土佐堀川をのぞんで、ちょうど真正面に、昭和橋のアーチ状の欄干が見えるのだが、土佐堀川の一部は、その昭和橋の下を南に下って木津川となり、大阪港の南側に流れ込むのだった。

- 宮本輝 『血脈の火』 -




写真 『流転の海』シリーズの第三作。大阪に戻ってきた松坂熊吾とその家族を中心に、大阪の人々の人間模様を描く。
 『流転の海』『地の星』に続く作品であり、読後の感想もその二作品とほぼ同じ。「読み物」としては面白い、が、「小説」としての面白みには欠けている、と思う。松坂熊吾の半生記、彼を中心と下大阪の人々の群像劇、大阪、あるいは日本の戦後を描いた歴史小説、色々な読み方ができる。でも中心はどうもそれらのどこにも無い。あれこれ詰め込んであるが、そのせいで焦点がぼけてしまっているような印象を受ける。前の二作も同じような感想である。(その点、シリーズだけあって一貫性があると言えなくもない)
 あと、この作品で気になったのが前作からの時間の隔たりである。作品の中の時間ではなく、実際の自分の時間、要は第二部と第三部を読む間隔である。あまりにも時間があきすぎて、登場人物を半分以上忘れてしまっており、読むのだいぶ苦労させられた。以前に出てきた人物なのか、熊吾の知合いだが作品では初めて登場する人物なのか、判断に迷うことも多かった(しかもその結論が出ないこともしばしばである)。
 無論そんなのは続けて読めば良いだけのことなのだが、実際の執筆期間も長く、第一部から15年もかかっているとのことで、発表と同時に読んでもこのくらいの間隔があくのではないかと思う(現時点では第四部『天の夜曲』まで刊行されている。ただし文庫化はまだ)。また各部は一応の独立性をもたせてある。そういう中で、前作前々作の人物をほとんど説明無しに登場させるのは非常にわかりづらい。もう少しわかりやすく書いてもらいところである。
 少々厳しい意見になってしまったが、少なくとも読み物としては十分に面白い作品である。あまり深く考えずに気楽に読みたいときにはお薦めできると思う。ただし可能なら、全五部がそろってから通しで読んだ方が良いと思うが。

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