宮本輝 『地の星』

 月と星のもとの闇のなかでは、音吉の体は灰色に見えた。足元は頼りなげで、いまにも屋根から滑り落ちそうなのに、音吉は落ちなかった。

- 宮本輝 『地の星』 -




写真 『流転の海』の続編、長篇の第二部にあたる作品。大阪から郷里南宇和に移り住んだ松坂熊吾の生活を、地元の様々な人々との因縁を交え、綴っていく。
『流転の海』と同様、非常に面白い、とはいえ取り立てて特徴のない作品。読みものとしては非常に面白い。文庫本で500ページほどあるそれなりに厚い本なのだが、二日ほどで読み切ってしまった。それだけ「読ませる力」のある作品である。
 しかしどうもその中に「感動させられる力」が無いような気がする。すごい文学作品というのは読み終わって、何かしら考えさせられてしまう、あるいは訳のわからない不安に陥るといった、心が動く、動揺させられるものがあると思うのだが、この作品には(自分にとっては)それがなかった。読み終わって「なかなか面白かったな。では次何読もうか」というような、よく言えば後味の良さ、悪く言えば軽さを感じてしまった。
 とはいうものの、繰り返しになってしまうが、この作品の価値がないというわけではない。大阪を舞台にした『流転の海』から一転、舞台を松坂熊吾の郷里に移しているのだが、舞台とともに登場人物もほぼ一新して新しい物語を作り出していることで、物語の新鮮さを保ち飽きを感じさせることがない。また『流転の海』で熊吾と息子伸仁の「父と子」の関係を軸にしていたのに対し、この作品では郷里の地らしく熊吾とその父亀造との「父と子」に比重を置いているというのもなかなか興味深い。
 まあ個人的には、それほど感動するような作品ではなかったのだが、十分に面白い小説である。『流転の海』を読んだら、こちらも読んでみると良いだろう。(ここで「第三部に期待」という言葉がでてこないのがこの作品の「軽さ」ではないかと思う。正直「早く次を読みたい」とは思わなかった。むろん機会があれば次も読みたいとは思っているが)

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