ガルシア・マルケス短編集『エレンディラ』

 二人は海に飛びこんだ。最初はまっすぐ沖の方へ泳いでゆき、やがて海底へと深く潜りはじめた。太陽の光が消え、海の光も消えた。水中の事物は自ら発する光でぼんやり光っていた。水没した村の前を通ると、音楽堂のまわりを木馬に乗った男女がぐるぐる回っていた。天気のよい日で、テラスには色鮮やかな花が咲き乱れていた。
 「日曜日の朝の十一時頃に水没したんだな」とハーバート氏が説明した。「何か大異変でもあったんだろう」

- ガルシア・マルケス短編集『エレンディラ』 より『失われた時の海』 -




写真 ガルシア・マルケスは南米を代表する作家である。らしい。特に南米の文学について勉強したわけでも、ガルシア・マルケスを深く読み込んだわけでもないので断定はできない。が、本の解説やらを読んでも、小説自体を読んでも、それはわかる。ノーベル文学賞を受賞しているという事からも。まあそんなことはどうでも良いことだが、おそらく多くの人がその名前を知らないと思うので最初に説明しておく。
  南米の作家というか、ガルシア・マルケスの小説には、ヨーロッパや日本の文学とは全く異質の想像力が感じられる。風土の違いによる影響も大きいが、それを越えた異質のものを感じる。特にそれを感じるのがこの『失われた時の海』である。
 まだガルシア・マルケスはほとんど読んでいないので(『失われた時の海』を含む短編集『エレンディラ』と『族長の秋』『予告された殺人の記録』くらいだ)何とも書きようがないが、まあとにかくすごい作家である。
 ガルシア・マルケスは自分の中で認知度が非常に低いんだけど、その理由の一つが岩波文庫だと思う。むかし「岩波文庫以外は本ではない」と思っていた時期が一時期あって、今でも「岩波が一番」という思いはあるんだけど、その岩波文庫にガルシア・マルケスなどの戦後の南米文学が一つも収められていないのである。まあ考えてみると、南米に限らず戦後の文学っていうのはほとんど収められていないんだけど(三島由紀夫とか)、そのせいで南米の文学に対して知識がなんじゃないかと思う。


「この村から出てゆけないものだろうか」彼は夢うつつですすり泣いていた。「手もとに二十ペソあれば、どこか他の土地へ行くんだがな」

- ガルシア・マルケス短編集『エレンディラ』より『失われた時の海』 -

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