ゴーゴリ 『死せる魂』

 広袤は涯しなくひろがっていた。林や水車小屋の散在する牧場の向こうには、森が幾筋かの緑の縞をなして青ずんでいた。森の向こうには、もう靄のかかり初めた空間をとおして砂地が黄ばんで見えていた。その砂地の先きのはるか地平線上には白堊の山々が波状をなしており、曇り日ですら、さながら久遠の陽光に照り映えているかのように連なっていた。その山々の、ところどころには軽い、ぼんやりした暗藍色の斑点が煙っていた。それは遠方の村落であるが、もはや肉眼ではそれと見わけることもできない。ただ、火花のようにぱっぱっと閃めく教会の金色の円頂閣で、それが住民の多い大きな村だということが分った。万象が森閑たる静寂につつまれていて、かすみに聞こえたかと思うと、大気の中に消えてゆく雲雀の鳴き声すら、この静寂を掻き乱すことはない。

- ゴーゴリ 『死せる魂』 -




写真 ゴーゴリは最も好きな作家のうちの一人である。とはいうもののどこが好きかと言われると答につまる。何しろ読んだのはもう5年近く前のことだから。まあ5年前にどこが好きかと聞かれてもやはり答えられなかっただろう。そんな作家である。
 簡単に紹介するとゴーゴリはロシアの作家であり、ドストエフスキーが「我々のロシア文学はゴーゴリの『外套』から生まれた」と言っているような偉大な作家である。ちなみに「外套」というのはゴーゴリの中編小説であり、岩波文庫から出ている。この人は主にロシアの人々を滑稽にまた悲哀を込めて描いている作家である。どうも特別おもしろおかしいという感じではないのだが、なんとなく良い、そんな小説である。まあ一読する価値は十分あるだろう。
 ちなみにこの『死せる魂』はゴーゴリの遺作であり、執筆当時から評判の高かったものらしい。残念ながら第二部の途中で終わっているが(第二部はほぼ完成していたらしいが、ほとんどをゴーゴリが焼き捨ててしまったということだ)ここまででも当時のロシアの様子が良く感じられる作品である。ただし今は岩波文庫ではでておらず(自分が持っているのは1990年の復刊のもの)もしかしたら手に入れるのは面倒かも知れないが。
 ちなみに関係ない話なんだけどソルジェニーツィンの『収容所群島』新潮文庫版の(たしか)1〜5巻を持っているんだけど最後の6巻だけがないのでまだ読んでいない。どこかに売っていないかなあ?

→Amazon  


  前へ
   次へ