寺山修司 『誰か故郷を想はざる』

 私には、かくれた子どもたちの幸福が見えるが、かくれた子どもたちからは鬼の私が見えない。
 私は、一生かくれんぼ鬼である、という幻想から、何歳になったらまぬがれることが出来るのであろうか?

- 寺山修司 『誰か故郷を想はざる』 -




写真 寺山修司の自伝的エッセイ集。
 寺山修司の作品に触れるのはエッセイや映画などを含めて初めてなのだが、このエッセイで寺山修司という人物が少し見えたような気がした。
 この作品の特徴は鋭い「時代を見る目」であろう。後半の「東京エレジー」は競馬や時事ネタなどによる時評集なのだが、それらから、まさに時代を見る目、時代の先端をいく感性を感じる。ただ惜しむらくは、その感性が余りにも時代に則し過ぎているということである。寺山修司の時代から二世代ほど違う自分にとっては、ほとんどエッセイの雰囲気を感じることができなかった。このエッセイ群の時代のバックボーンとなっている学園紛争などは歴史の一幕としての知識がある程度で、まったく時代感覚は無いため、エッセイの匂いというものを感じることができない。また何度か取り上げられる競馬の話はわりと普遍的な内容といえるのだろうが、別に競馬に興味は無いので、言葉づらでは理解しても感覚的にはよく分からないというのが正直なところである。
 自分にとっては、そんな時代を切り取ったエッセイでは無く、むしろ自身の生い立ちや青森の生活を描いた前半部分(『誰か故郷を想はざる』)の方が興味深かった。舞台は太平洋戦争前後と時代はさらにさかのぼるのだが、「少年時代」という割合に普遍的な内容が主であるため、親しみやすいのであろうと思う。特に寺山修司とその母の関係についてはなかなか面白かった。作品そのものは触れたことが無かったものの、寺山修司が「母」というものに対して強い執着を持っているというのは知識として知っていたのだが(『田園に死す』の「死ンデクダサイ、オ母サマ」の断片は強烈に記憶に残っている)、その一端をかいま見るようでなかなか興味深い。
時代の隔たりや寺山修司に関する知識の乏しさでなかなかピンと来ないところが多かったのだが、とにかく『寺山修司』を知るためには非常に重要な作品であるということは間違いない。これからまた寺山修司の他の作品(映画も含めて)を見てみたいと思っているが、その後もう一度読み返してみたい作品である。


「あの日の船はもう来ない」
 と私が言った。
「なぜだ!」
 と康平が尋ねた。
 二人は小学校の柾屋根に腰かけていたが、その屋根にはペンペン草が生えていた。「あの日の船はもう来ない」というのは、美空ひばりの唄である。

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