マルキ・ド・サド 『ソドム百二十日』

 ブランジ公は自然から莫大な富を与えられて、しかも、これを利用するのに必要なあらゆる衝動、あらゆる霊感をいちいち賦与されていたのであった。自然はきわめて陰険邪悪な精神とともに、この上なく悪辣にして冷酷な魂をば彼に与え、加うるに、放埒きわまりない趣味と、わがまま勝手な性質とをもってした。公爵が好んでふけっていた怖るべき道楽は、すべてここから発したものである。生まれつき腹ぐろく、酷薄で、横柄で、残忍で、自分勝手で、自分の快楽のためには金に糸目をつけないが、有益なことにはけっして財布の紐をゆるめようとはせず、うそつきで、食いしんぼうで、酒飲みで、臆病で、男色家で、近親相姦者で、人殺しで、放火常習犯で、盗人で、要するに、かりに一つか二つ美徳と呼ばれるようなものがあったにしても、とてもこれだけ多くの悪徳を埋め合わせするわけには行かないような人物であった。

- マルキ・ド・サド 『ソドム百二十日』 -




写真 ルイ王政下のフランス、様々な悪業で財を成した4人の男が、森の奥深くの城館で120日間に及ぶ奇怪な饗宴を繰り広げる。
 その昔、読みかけて途中で止まってしまった作品の再読。そのときは誰かに貸したままどこかにいってしまったせいで中断したのだが、途中でほうり出しかけていたというのもあった(だから人に貸した)。この作品はサドの著作の中でもっとも有名なものの一つであり、その分内容も濃いため、読むのにかなりの経験と根性が必要とされる。最初に読んだ時は確かまだ高校生だったため、読みこなせなかったのである。
 で今回再読したところ、不思議なほどスラスラと読めた。それどころかむしろまだまだ物足りないくらいであった。これまでそれなりにサドの著作を読んで来て、その世界にかなりなれてきたせいだが、その他にも理由がある。読んだのは河出文庫版であるが、河出版は実は六章構成のうちの第一章、導入部の序章に当たる部分しか収録していない(まあ後半の四、五、六章に当たる部分は構想段階にとどまっており、そもそも小説として存在していないのであるが)。文庫版に収録されている序章に当たる部分では、4人の中心人物の紹介と饗宴の準備および、フランス中から集められた饗宴の参加者の紹介が主となっている。そしていよいよ百二十日の饗宴の幕が開かれる、というところで終わりになってしまう。さすがにこれでは中途半端である。
 しかし導入部のみとはいうものの、いかにもサドの作品であるという印象的な部分が多い。主役の四人や語り女たちの描写の力の入り方は、他の作品の登場人物に比べても格別である。また物語の主な舞台となる(はずであった)城館の様子もまた非常に面白い。特に「集会の間」の描写、というか想像力は群を抜いている。玉座に君臨する醜い語り女、その周りの階段座席に座るフランス中から集められた美男美女、懲戒のための拷問を行うための二本の高い柱、そして反対側には4つの壁龕のなかに置かれた立派な寝台。非常にゴシックで絵画的な描写である(キューブリックの『アイズワイドシャット』を思い出さないこともない)。
 ともかく、これだけのお膳立てがされて、そこで終わりというのはちょっとひどい話である。未完とはいえぜひできている部分だけでもすべて読みたいと思う。公立の図書館にこの本が置いてあるかどうかはわからないが。
 ちなみに河出文庫版は『ソドム百二十日』のほかに短編集『恋の罪』より『悲惨物語』と、『ゾロエと二人の侍女』を収録している。『悲惨物語』は小説としてはなかなか良くまとまっているが、『ソドム百二十日』のあとに読むにはかなりもの足りないと思う。『ゾロエと二人の侍女』はサドがバスチーユに投獄されるきっかけとして、長い間信じられていた作品なのだが、そもそもサドの手によるものではないらしく、よっぽどの物好きでなければあまり読む価値はないだろう。とはいえ『ソドム百二十日』一本で十分に読む価値も読みごたえもある作品である。


  おれたちの快楽の単なる玩弄物となり果てた、虫けら同然な者どもよ、いまこそ甘い希望を棄て去って、よく聞くがよい。おまえたちのためにこの地上に残された、ばかばかしくも専制的なこの帝国は、おまえたちの身に何らかの恩典を認めてやるほど寛大ではないのだぞ。従順な奴隷の千倍も従順になって、おまえたちはただ屈従のみを覚悟していればよいのだ。おまえたちが行使すべき唯一の美徳は、服従のみだということを忠告しておこう。それのみが、おまえたちの置かれている現在の状態にふさわしいのだ。

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三月一日以前に虐殺された者・・・10人
三月一日以降に虐殺された者・・・20人
生きながらえて帰還した者・・・16人
合計・・・・・・46人

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