サマセット・モーム 『雨・赤毛』

 上陸して見ると、その暑いことは、まだ早朝だというのに、もう堪えがたいほどだった。丘にすっかりとりかこまれて、そよとの風もパゴパゴには吹いて来ないのだった。

- サマセット・モーム 『雨・赤毛』 -




写真 けだるい、うだるような南国の島の雰囲気。ラストにしっかりと転回を用意してあるストーリー構成。
収められた三編とも実によく似た作品である。良くも悪くも。
 ストーリーについては取り立てて言うことはない。正直なところをいえばむしろ凡庸な方ではないかとも思う。話の展開についてはなかなかうまいものがあると思う。すごく読ませる、とまでは言えないが、読みやすいものであるのはまちがいない。問題はストーリー展開である。書いたとおり三編ともラストに「オチ」ともいえる物が用意されているのだが、オチのできがあまり、良くない、のである。えらそうなことを言って心苦しいのだが、オチはわりと凡庸である。
 ラストが悪いわけではないと思う。ただラストのオチを期待して読んでいくと、予想通りの話の展開で、おちてはいても「やっぱり」と残念な気持が先に立ってしまうのだ。サキやO.ヘンリーの短編のような魔法のごとき華麗なオチでもなければ、読み手の全く逆をつくような展開でもない、何とも中途半端なものに感じてしまう。
 とはいえ小説が持つ雰囲気はなかなか良くできていると思う。むせ返るような南国のにおい、けだるい南の島の空気、雨、雨、雨。いわゆる南の楽園的な雰囲気とは大分違う、息が詰まりそうな、くらいといっても良い(三編すべてではないが)雰囲気が漂っている。そこらへんはなかなか読みごたえがあると思う。単なるパラダイスではない南の国の様子。ストーリー的には正直いまいちでも、この雰囲気を味わうのはなかなか興味深いと言って良い。
全体として素晴らしいというわけにはいかないのだが、それなりに楽しめる本だったと思う。


 今、窓から目をやって、珊瑚と、珊瑚礁の所在を示している泡のおびとを見ていると、彼はこの明るい風景への憎悪で身ぶるいした。雲一つない青空が、椀をさかさにかぶせたようにこの風景の上方をかぎっている。

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