繁華街の一角にあるビルの一室が、レストラン「雅」になっている。マダムの大場雅子の名前をとって、その店名ができた。テーブルが四つだけの狭い店だが、壁には六十号ほどのシャガールが掛けられてある。無造作に掛けられてあるので、模写の品物かと疑われるが、これが本物である。
本物と分かると、この店はマダムの道楽商売のような気がしてくる。
- 吉行淳之介 『美少女』 -
文章がうまい。最初の二段落でそう思う。その文章に導かれて読んでいくと、いつの間にか、吉行淳之介風の、としか言いようのない世界に引き込まれていく。
とにかく文章がうまい。テクニックというより(むろんそれもある)センス、雰囲気である。文章そのものよりも、その行間、というかページ全体から独特の香りが漂ってくる。またうまいといっても職人芸的な、ある意味近寄りがたい雰囲気があるものではなく、実に読みやすい。
ストーリーだけを一歩引いたところからみてみると、面白いには面白いがどちらかというと陳腐なもののようにも思える。陳腐というのはちょっと言葉が過ぎるか。なんというか・・・言葉的にはきついが、迎合的というか。内容をいろいろと盛り上げようとしすぎて安っぽい感じがしてしまっているというのかなあ。
とはいえそれを補ってあまりあるのがその文章と、描かれている世界である。本の数行であっという間に吉行ワールドに引き込まれていく。読み終わった本のページを何気なく繰っているだけで、ついつい文章を読みふけってしまいそうになる。内容がちょっと・・・というのはむしろその文章の問題なのかもしれない。文章の良さにないようが追いつき切れていない、という。むしろ凡庸な作家であれば、これだけの内容であれば十分すぎる、と評価できるのかもしれない。
どちらかというと吉行淳之介の良さがよく出ている作品ではないかと思う。とはいっても実は吉行淳之介の小説は個人的には余り印象が残らない、印象が薄いものがなぜか多いので、(確か『娼婦の部屋』は一回読んだのを忘れてもう一度購入したこともある)余りえらそうなことは言えないのだが・・・。とにかくこれに関しては、そんな興味深い、本だと思う。
鏡には、顎のとがった細おもての、少女のような顔が映っている。花の蕾がふくらみかかったような、あどけない唇が映っている。
しかし、その態度には、したたかなものが感じられる。男と女とのつくり出す修羅場を踏んでいるような凄味がある。
葉子は入念に、髪を梳きつづけている。
- 吉行淳之介 『美少女』 -
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