シベリア横断鉄道

その二 2/9〜2/11


2/9 12:05(モスクワ時間)シベリア号車内にて(Мариинскマリンスク駅手前辺り)

 モスクワまで後二日。ここらでモスクワ時間に切り替えることにする。ウラジオストック時間-7時間。今はウラジオストックの19時に相当する。外はそろそろ夕暮れというところ。ようやく少しにしに来たな、と実感する。せいぜい-2時間程度であるが。
 時差について。列車に乗っている間に時差の調節をしなければいけないのだが、これがちょっと混乱する。いろいろ考えたのだが要は生活時間を徐々に遅くすれば良いようだ。七時間なので食事が一回分ずれる、昼食の時間に朝食、夕食の時間に昼食、深夜に夕食を食べる、という感じである。ただ列車の西進が意外と遅くていつまでたっても時差を実感できないのが困りものである。
 今部屋では昨日から部屋に来るようになったロシア軍の兄ちゃんがDSでマリオをやっている。家にマリオのゲームがいっぱいあるよ、とか言っていた。マリオやニンテンドーは世界共通語らしい。マリオを起動?して渡したら、あとは俺が何も言わなくても勝手にやっていて、今セルゲイとロシア軍の人二人がいるのだが、彼らに渡そうともせず、一人で必死にやっている。
 昨日はいつからかロシア軍の兄ちゃん(軍服を着ている)が来て話をするようになった。飯食っていたら俺が何も聞いていないのにロシア語とわずかな英語でロシア軍の食事(弁当一日一個とか言ってたけど正しいのかな?)について説明し始めたり、ロシアの地図を見ながら自分や親はどこに住んでいる、とか説明を始めたり。で、デジカメで撮った写真を見せてたらだんだん人が集まって来て、結局最大六人も集まりあれやこれや、ロシア語の俗語を教えてもらったり(使い方わからないんだけど)、ウォッカ()の偉大さについて力説されたり、モスクワの地下鉄の地図をもらったり、イメージとはかなり違ってみんなすごくフレンドリーである。
 で、今日は彼らがやって来て、DSマリオのミニゲームを一生懸命やっている。このミニゲームは説明がほとんどいらなくて、操作が簡単で、コミュニケーションには良いみたい。結構喜んでやっている。
 昨日のことを一つだけ。夜セルゲイが紙を出して350ルーブリがどうのこうのと言い出した。電話をかけてどうのこうの、次の駅で外に行ってどうのこうのと。俺はてっきりノボシビルスクで返すという約束の金を今返してくれるのかと思ったのだが、よくよく聞いてみるとそうじゃなくて、ウォッカを買うから金を貸してくれということだった。全部ビール代に貸してもう残ってないって何度も言ってるじゃねーか、このアル中野郎め。
 結局ウォッカは買えず、夜は睡眠薬みたいなのを飲んで寝ていた。いよいよアル中である。


2/10 17:33シベリア号車内にて(Свердловск Пассスヴィエルドロブスクパス駅を過ぎた辺り)

 眠い。そういえば今日は朝6:30に起きちゃって、しかも昼寝してないからなあ。失敗した。
 海外旅行をしていて一番楽しいことは、友達と一緒の旅行の時は食事、一人旅の時は人との出会いだと思うのだが、この列車でもいろいろと良い出会いがあった。ほとんど一週間起居をともにしたセルゲイは、酒のことを抜きにすればすごく良いやつだし、ここに出入りするФСВもロシア軍の兄ちゃんたちもみな気さくな連中ばかりである。
 昨日はさんざん俺のDSで遊んだあと、夜は今度は彼らの携帯でいろいろなビデオを見せてもらった。YouTubeにありそうなショートビデオで、面白いロシアのCMとかネタビデオとか(ロードオブザリングのゴラムのシーンをつないで作ったラップのミュージックビデオとか)そんなの。ポルノもあった。あとチェブラーシュカらしきパペットアニメの1シーンとか。
 なもんで俺もお返しみたいな感じでiBookを出して日本の写真を見せたら、思いがけないことに「BlueToothで俺の携帯に写真を送ってくれ」と来た。BlueToothなんて日本で全然使ってなかったのに、まさかロシアの鉄道で役に立つことになるとは思わなかった。しかも本当に簡単に接続できてファイルを送れるし。技術は国境や言語を越えるのだなあ、とちょっと感動した。
 で、言われるままに富士山や日光や大阪や海の写真を送る。あと野球場とか寿司とか上海、ラサの写真も。友達に「俺こんなところに行ったんだぜ」と自慢でもする気だろうか?
 あと中国の時に反省したものの結局実行しなかったのだが、東京の写真が無いことを再び後悔。住んでいると当たり前過ぎて写真を撮ろうなんて気にならないが、外国の人が一番興味を持つのはやっぱり東京なんだよなあ。
 で、写真を送って終わりかと思ったら、今度は一枚一枚「これはどこだっけ?」と質問しつつ写真のファイル名を付け始めた。時間は既に夜も十時半、というとまだ早そうだが、ウラジオストック時間でいえば朝五時半、すごく眠くて、俺だったらそのまま放置するところだが、真面目なのか何なのか、その熱心さには驚いた。
 次に今日の出会いの話。十五時にエカチェリンブルグ(スヴィエルドロブスク駅)()に到着、五十分も停車するので、外に出て散歩していたら、思いがけずポールさんと再び出会う。モスクワに着く前日、つまり今日の朝に下りると記憶していたので、てっきりもう下車したものと思っていたのだが、実際は今日の夜下車とのことだった。明日の朝下車するセルゲイとごちゃ混ぜになっていたらしい。
 で立話をしていたら「今この本を読んでいるんだ」と何やら本を見せてくれた。いや、その前に「メールアドレスの交換をしよう」という話になって、一度彼の部屋にメモ帳を取りに戻ったあと、本を一緒に持って来て見せてくれたんだった。この前あった時に「ヤクザに関する本を読んでいる」と言っていたのでその本だと思ったらさにあらず、村上春樹の『スプートニクの恋人』(『Sputonik lovers』だったかな?)だった。村上春樹の世界的な知名度は中国でいやというほど知ったし(タイでも見たな)、まして彼はアメリカ人なので、「あ、この人もか」くらいにしか思わなかったのだが、次の一言で驚いてしまった。「彼は友達なんだ」。彼って誰?ってやっぱり村上春樹のことらしい。ポールさんはハワイ在住なんだけど、村上春樹も今ハワイに住んでいて、「この本は彼からもらったんだ」と一ページ目のサインを見せてくれた。しかもポールさん自身も実は作家で、彼の作品は日本語にも翻訳されているとのこと。帰ったら読んでみよう(Paul Theroux、ポール・サルーさん)。しかしそれにしても、シベリア横断鉄道のエカチェリンブルグなんていう異郷の地で寒さにガタガタ震えながら、村上春樹の友達であるハワイの作家と立話をするというのはなんという巡り合わせなんだろう。まさに「縁は異なもの」である。
 ただここは本当に本当に寒くて、立話しているうちに体の震えが止まらなくなって来て、ポールさんに「お前早く帰った方が良いぞ」と言われて列車に戻るはめに。モスクワでは上着を新調しないと死ぬかも。


2/11 11:16モスクワまであと少し(Горький Моск.ゴーリキーモスコヴスキー駅を過ぎた辺り)

 ちょっと前にゴーリキーモスコヴスキー駅()に到着。ほとんど一週間一緒にいたセルゲイとお別れ。昨日の晩ここにはあまり来る機会がなかったロシア軍のエフゲニーが来て自己紹介をした時、「いやセルゲイじゃなくてブラッド(?)だ」といわれたのだが今更そんな事言われても・・・。まあ向こうも俺の名前を覚えてなくてトーキョートーキョーと言ってたのでおあいこである。ちなみに一番頻繁に来てDSばっかりやっていたのがヴラディーミル出身のヴラディーミル、二番目によく来ていたのが英語名マイクことミーシャ、昨日来て鶴の折り方を教えたのがエフゲニー。
 一番良く話をしたのもヴラディーミルで、はじめは英語は全然だったのだが、俺とコミュニケーション取るために一生懸命英語を思い出し思い出ししていたおかげで、最後には割とスムーズに英単語が出てくるようになっていた。やっぱり使うことが一番の勉強である。俺の方は彼らに分かってもらうために簡単な英単語を並べてしゃべっていたので、逆に英語力が落ちそうなのには困ったが。
 でゴーリキーから一人かと思ったら、下りる人も多いが乗る人も多くて新しい人が来た。善良な熊サンという感じのおじさんでサーシャさん。英語は他のロシア人と同程度で「Toursit?」「What is your name?」「My name is ...」くらい。ちなみに「Toursit?」というのはロシアで一番良く耳にする英語だと思う。何でみんなこれだけ知っているのかよくわからないけど。
 時差ぼけ対策に一眠りする。


2/11 14:57モスクワまであと少し(Владимир ヴラディーミル駅を過ぎた辺り)

 あと二時間ちょっとでこの長い列車の旅もいよいよ終わる。列車に乗っている多くの人たちはこれで旅を終えて家に帰るわけなのだが、ちょっと彼らがうらやましい。俺はまた西も東もわからない異郷の地で思い荷物を担いでうろうろしなければならない。
 ここ数日ロシア軍の若い兄ちゃんたちと交流して教えられたこと。
  ピーデリ パシュリーナホ
 誰かがドアを開けて入って来た時、それが男ならこう言え、と教えられて、実際言うと彼らが大喜びしてたんだけど、要するに英語のFuck youに相当する言葉らしい。プーチンが言ったんだとか何とか。ボラレそうになったら使ってみよう。ちなみに女性が入って来た時には
  カグデヴァ クローシュカ
 と言え、と教わったのだが、これはちゃんとした挨拶らしい。
  ロシアンビーチ
 何かというと「ビーチが」とか「これはビーチか?」とか言ってくるのだが、これは日本でいうところの「宿無し」という意味らしい。単に「家が無い」だけではなく「ごろつき」という雰囲気も含まれている。彼らは喜んで使っている。
  ヒマーリ
 麻薬の一種らしい。やれやれと盛んに勧めて来た。
  ヴォドカ(Бодка )
 ウォッカ。とにかくやたらに褒める。これこそ世界最高だ、くらいの勢いである。こちらがほめると喜ぶ。あの崇拝ぶりは少し異常である。ちなみに「ロシアンティー」なるものがあるが、見てる限り紅茶に蜂蜜を入れることも、なめながら飲むこともほとんどしない(一度だけ見たけど)。そのかわりウォッカに蜂蜜を入れて一気飲みする。元気が出ると言うか強壮作用がある、と言っていた。俺は一日目にそれをやって記憶が飛んだ。


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