シャングリラ
その二 11/4
昨日のことをざっと書いておく。
昨日は夜中(朝)にお腹が痛くて目が覚めてトイレへ。理由はよくわからない。丽江の問題が続いているのかな。
そのせいで朝は寝坊してエコーに起こされてしまった(エコーechoというのはどうも違和感がある。本当の名前は知らない)。暁敏と三人で出発。途中で昼食に米線3元を食べる。そこで七林の車と落ち合って藍月山谷へ出発。ナパ海の奥のところみたい。藏族の村の中で馬と馬子と合流して(ここでザンアオという珍しいらしい犬をみる)馬に乗って出発。最初のきつい登りは馬から下りて歩いたものの、基本的には苍山ほど険しくはない。途中二度ほど休憩した後、とある草原(牧草地)で焚き火を焚いて昼食。馬子が準備してきた酥油やパンを食べ、彼らが作った酥油茶を飲む。11:30から一時間くらいかな。
再び馬に乗り14:10くらいに馬を下りる。頂上へはそこから徒歩で登り。山頂の景色はすごく良いんだけど・・・とにかく寒い。指が動かないし、しゃべろうとしても口が動かない。手袋が必要だった。そこから眼下に見える緑の灵犀湖へと下っていく。他の二人は興奮してしまってかなりのスピードで降りていくんだけど、俺は高山反応(頂上は4449.5m)ゆっくりと下りていく。高山は上りより下りの方が影響が大きい。下りる道はとてもひどくて木の枝を一生懸命かき分けながら進む。灵犀湖は緑の湖。この名前は四川の人間が付けたもので、チベット語では何とか別の名前らしい。全ての魚の源という意味だとか。石を投げ込むと雨が降ると言われて四つ投げ込んだんだけど幸い雨は降らなかった。二人は残念がっていたけど、雨降って欲しかったのか?ちなみに湖のほとりまで下りる道はなかったので崖の上から観賞する。
そこから馬のところまではずっと登り。ここまでは興奮して走り回っていた二人は完全にへばってしまってフラフラになっていた。素人だね。
16:30くらいに馬に乗って山下りを開始。俺は馬の下りは前につんのめって落っこちないようにと一生懸命鞍をつかんでたんだけど、女の子二人はかなり余裕で乗っていたみたい。下りでも手を離して写真を撮ったりして。大したものだ。ただここの下りは苍山ほど険しくはなくて、多少は余裕もあった。
とはいっても馬から下りたら歩くのが困難なほど膝が痛かった(二人も同じ)。まるで膝が変な方向に曲がってしまったみたいである。しばらく歩いたら良くなったけど。途中険しいところでは二三度馬から下りて歩いて、麓に着いたのがおそらく六時ちょっと過ぎ。そこで七林の車に乗って彼のおばさんのところへ。藏族の家(かなり大きい)のいろりみたいなのの脇で家庭料理をいただく。三人の馬子のうちの一人が彼のいとこ(彼は弟と呼んでいた)でおばさんの息子というわけである。ここでも酥油茶をガブガブ飲んで、藏族のパンみたいなのやら青稞の甘い団子やら炒菜やら、いろいろとごちそうになった。どれもおいしかったけど、鳥肉の炒菜は特においしかった。そこらのレストランよりもずっとうまい。
昨日は泊まるという話をしていたけど翌日の朝が早いので泊まらずにユースホステルに戻る。エコーは七林の弟扎西のことをいたく気に入って、夜一緒に遊びにいこうとかなりしつこく誘っていた。お母さんの許しが出なくてダメだったけどやっぱり強引である。そもそも彼は既婚者らしいし。ちなみに扎西は結婚するまで相手のことを全く知らなかったらしい。この辺はいろいろと伝統的な風習が残っているようだ。
ユースホステルでは一瞬だけネットにつないでメールをチェックした後シャワーを浴びて部屋に戻る。昨日は八人部屋でおれ一人だったんだけど、今日はもう一人来ていた。北京の大雷。彼も梅里に行くということなのでPCのある共有ルームでいろいろと話をする。他の中国人旅行者もいていろいろと情報交換会。といっても俺は会話を聞くのに精一杯だし、提供する情報も持ち合わせていないので、ただ聞いているだけ。それにしても彼らは本当に旅行好きでどこはどうだとか、どういうルートだとか、やたらに詳しい。疲れたし寒いので11時に就寝。
今日の歩数 30106歩
七林のことを書いておく。彼は趣味で旅行者を案内して回っているようなところがあって、金にがつがつしていない。非常に良い人である(三人の馬子にしても同じ)。俺のことを兄弟兄弟と呼んでやたらに親切にしてくれた。彼はまだ19歳ということで俺の小弟である。
七林旺堆 13116903355
大理の楊おばちゃんといい七林の一族といい雲南の人は本当にみんな人が良い。
書き漏らしたことを二つ。
チベット人には姓が無い。
シャングリラとラサのチベット語はだいぶ違う。ありがとうはラサがトゥジチェに対して、ここではクレ、さよならカリシュに対してクレクレ、という感じ。他にも習ったけどメモしなかったから忘れてしまった。
|
|